『言の葉の庭』聖地巡礼【The Garden of Words Pilgrimage Guide】

アニメ聖地巡礼

静かに雨の音が響く――新海誠監督の傑作『言の葉の庭』

2013年に公開されたこの作品は、わずか46分という短編ながら、深い余韻と美しい映像美で多くのファンを魅了してきました。
舞台は、都会の喧騒から少し離れた新宿御苑の一角にある日本庭園。雨の日、緑に包まれた東屋で偶然出会った高校生のタカオと、謎めいた年上の女性ユキノ。ふたりの静かな交流は、雨音とともに、ゆっくりと心に染み込んでいきます。

新海監督ならではのリアルを超えた美しい風景描写、そして「孤独」と「再生」を描いた繊細なストーリー。
言葉にしきれない感情が、しとしとと降る雨とともに胸を打ちます。

私たちの日常の通学・通勤の電車の中では、学生も社会人も、みんな一様にスマートフォンの画面を見つめています。
現代社会では、受験や仕事、さらには日々の生活そのものが、私たちの心と身体を知らず知らずのうちに疲れさせてしまっています。
雨の日には空もどこかよどんで、気分まで沈みがちになりますよね。

でも、そんなある日、ふと空を見上げてみると、雨上がりの空にきれいな虹がかかっていることがあります。
本当は、美しい瞬間はすぐそばにあるのに、多くの人は忙しさのあまり、その存在に気づかずに通り過ぎてしまうのかもしれません。

静かに、心を整えたくなったとき。
これまでの生活を見つめ直したくなったとき。

そんなときに、そっと寄り添ってくれるのが――『言の葉の庭』というアニメです。

この記事では、その『言の葉の庭』の舞台となった実際のロケ地を、写真付きでご紹介していきます。
作品の世界に、ほんの少し足を踏み入れるような気持ちで。
ぜひ、一緒にたどってみてください。

※本文中のアニメ場面・セリフはすべて『言の葉の庭』@新海クリエイティブ、@コミックス・ウェーブ・フィルムより引用しています。

6月:雨を待ちわびて

JR新宿駅東口「雨の中で静かに動き出す物語」

雨の降る朝。
タカオは通学途中、新宿駅東口で電車を降り、新宿御苑へと歩き出します。

駅構内を行き交う人々の中、ひとり立ち止まり、ふと雨空を見上げる姿。
あのワンシーンには、まるで人生の歩みを一度止め、これからの進むべき道を確かめるような、そんな静かな決意のようなものが感じられます。

賑やかな都市の雑踏の中で描かれる、ひとりの高校生の孤独と揺れ動く内面。
この場所は、作品の冒頭でありながら、その後の物語の“余白”を感じさせる、象徴的な舞台です。

作品を観返してから訪れると、「あの一歩」はこの場所から始まったのだと、改めて感じることができます。

新宿区立高等学校付近「自分だけの道を探して」

新宿駅を背に、タカオは甲州街道(国道20号)を西へと歩き出します。
その途中、遠くに東京都庁を望む新宿区立高等学校付近の風景が描かれます。

同級生たちが新宿駅で乗り換え、それぞれの学校へ向かう朝。
その流れとは逆行するように、タカオはひとり、静かに別の道を選んでいきます。

その姿からは、周囲と一線を画す彼の内面が静かに滲み出てくるようです。

まるで、周囲に合わせることを一度やめて、自分だけの答えを探すように――
この何気ない通学路のシーンにも、『言の葉の庭』が描く「孤独」と「再生」のテーマが、そっと息づいています。

新宿御苑・新宿門「自分に戻れる場所へ」

都会の喧騒から少し離れた静けさの中――それが、新宿御苑。

雨に濡れた木々の匂い、しっとりとした空気に包まれるこの庭園は、タカオにとって“自分らしく居られる”特別な場所です。

物語では、彼は公園北側に位置する新宿門から園内へと足を踏み入れます。
傘をさし、ひとり黙々と歩くその姿からは、喧騒と距離を置き、心の内を静かに見つめ直そうとする彼の思いが感じ取れます。

新宿御苑・東屋「静けさが包む、ふたりの始まり」

新宿門をくぐり、緑に覆われた小径を抜けた先――
静かな池のそばにひっそりと佇む東屋が現れます。

雨の日、タカオはそこで一人の女性と出会います。
ビールとチョコレートを手に、静かに座るその横顔には、どこか影を落としたような寂しさがにじんでいます。

ふたりは互いの名前も知らないまま、言葉少なに、ただ雨音に耳を傾ける――
同じ時間、同じ空間をそっと共有しながら、心の奥に少しずつ変化が芽生えていくのです。

新宿御苑の入園情報

【所在地】東京都新宿区内藤町11
【開園時間】季節によって異なるため、訪問前に確認を
【入園料】一般:500円、学生(高校生以上):250円 ※窓口で学生証の提示、65歳以上:250円、小人(中学生以下):無料
【注意事項】アルコール類(ビールなど)の持ち込みは禁止されています。

環境省|新宿御苑公式サイトで最新情報をチェックできます。

新宿御苑・東屋「雨音に包まれて、少しずつ近づくふたり」

雨の日、新宿御苑の東屋で再会したタカオとユキノ。
それをきっかけに、ふたりは“雨の日だけ”この場所で会うようになります。

学校ではなく、家でもなく――
雨の日の静かな庭園の中で、タカオは自分の夢とじっくり向き合うことができました。
それは、靴職人になりたいという想い。まだ曖昧で、どこか頼りなさもあるけれど、彼の中では確かに形を持ち始めていた夢でした。
タカオは、この場所でしか得られない“成長の実感”を感じています。

そんなタカオの姿を、ユキノは優しく、時にどこか寂しげに見つめていました。
年齢も立場も異なるふたり――高校生の少年と、社会人の女性。
最初はただの偶然だった出会いが、いつしか互いにとってかけがえのない場所へと変わっていきます。

タカオは、少しずつユキノに惹かれていく。
それは、大人への憧れなのか、心のどこかに生まれた恋なのか――
はっきりとはわからないまま、でも確かに、彼の心は揺れていました。

東屋のベンチは、実際に訪れることができ、映画のシーンを思い返しながら静かに座ることも可能です。
雨の日であれば、まさにそのままの風景が目の前に広がります。

ユキノが詠んだ和歌(『万葉集』より)

【原文】

鳴る神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ
(なるかみの すこしとよみて さしぐもり あめもふらぬか きみをとどめん)

【現代語訳】

遠くで雷の音がわずかに響き、空が曇り、雨でも降ってこないだろうか。そうすればあなたを引きとめられるのに――。

JR千駄ヶ谷駅「逃げるように、歩くように」

雨の朝――
ユキノは今日もJR中央線には乗らず、駅の改札を静かに抜けて、新宿御苑へと向かいます。

傘を差し、足早に歩くでもなく、立ち止まるでもなく。
まるで何かから逃げるように、あるいは、自分を確かめるように。

本来ならば向かうべき“職場”へは足を向けず、彼女が選んだのは、雨に濡れた緑の静けさに包まれる場所――新宿御苑の東屋でした。

そこには、社会の枠のなかで自分を見失いかけたユキノと、
そして、自分の夢を真っすぐに見つめようとするタカオがいたのです。

7月:すれ違う想い、交錯する記憶

八幡前架道橋「すれ違う、心の影」

場所は渋谷区千駄ヶ谷一丁目。
JR中央線の線路をくぐるこの架道橋の下を、一人歩くユキノの姿が映し出されます。

梅雨が明け、雨の降らない日が続くようになると、タカオは新宿御苑に姿を見せなくなりました。
「梅雨が明けてほしくなかった」――
そうつぶやいたユキノの横顔には、寂しさと、どこか諦めのようなものが滲んでいます。

新宿御苑・東屋「また、ひとりの場所に戻って」

雨の日、静けさに包まれた東屋。
タカオと初めて出会ったその場所に、ユキノは再びひとり、ビールとチョコレートを手に座っています。

かつては“逃げ場”だったこの東屋。
いつの間にか、誰かと過ごした“かけがえのない場所”へと変わっていました。

社会の中でうまく立ち回れず、自信を失い、心さえも壊れそうになっていた日々。
そんな中でタカオと過ごした静かな時間だけが、ユキノにとって自分自身を取り戻せる唯一のひとときだったのです。

でも、今はその姿がない。
その喪失感が、静かに心に沁みこんでいきます。

8月:会えない日々と静かな痛み

新宿御苑・東屋「言葉にできない想いが、あふれるとき」

タカオと会えない日々が続き、ユキノの心には少しずつ、でも確実に“寂しさ”が積もっていきます。

二人で過ごしたあの静かな時間が、どれほど自分を支えていたのか――
今になって、ようやくその重みを知るユキノ。

けれど、その想いをどうすることもできない。
名前も、正体も知らなかった彼。
年齢も立場も違う、あまりに不確かで曖昧な関係。

だからこそ、心の奥にしまっていた感情が、ふとした瞬間にあふれてしまう。

だけど、梅雨が明けて彼は来なくなった。
自分だけが取り残されてしまったようで、どこにも進めずにいる――

東屋のベンチに腰を下ろしたユキノは、彼に会えない寂しさと何も変われない自分への悔しさが心の奥底から静かにあふれ出していくのです。

9月:二人を結ぶ言の葉

新宿御苑「雨がなくても、ここに向かう」

雨は降っていない。けれどタカオはまた、新宿御苑へと足を運びます。
心の中で、ずっと整理のつかなかった想いを、ようやく自分の言葉で伝えるために。

そこにいたのは、変わらない日本庭園の景色と、そして――少し頬が痩せたユキノ。

タカオは万葉集の一節を引き合いに出し、ユキノへの“返し歌”を詠みます。
それは、詩の形を借りた彼なりの告白であり、誠実な気持ちの表明でもありました。

二人の心がようやく交差し始めたそのとき――空が突如かき曇り、激しい雷雨が降り出します。

タカオが詠んだ和歌(『万葉集』より)

【原文】

鳴る神の 少し響みて 降らずとも 我は留まらむ 妹し留めば
(なるかみの すこしとよみて ふらずとも わはとどまらむ いもしとどめば)

【現代語訳】

雷が少し鳴り、雨が降らなくても――
あなたが引きとめてくれるのなら、私はここにいます。

新宿御苑・千駄ヶ谷門「雨の中、ふたりで」

これまでユキノが一人で出入りしていた新宿御苑千駄ヶ谷門。

その門を、雨の中、ふたりで駆け抜けていったのではないでしょうか。まるで止まっていた時間が、ようやく再び動き出したことを象徴するようなシーンです。

八幡前架道橋「記憶の断片が、雨に洗われて」

記憶の断片が一つひとつ、雨に洗われていくかのように、物語はクライマックスへと向かいます。

ユキノのマンション「本当の気持ちを伝える場所」

雨に濡れながら、二人がたどり着いたのは、ユキノのマンション。

そこでタカオは、自分の中に積もっていた想いを、ついにユキノに打ち明けます。

けれどユキノは二十七歳。タカオはまだ十五歳の高校生。
しかも二人は、教師と生徒という立場でもあります。

ユキノは、本当の気持ちに蓋をしながら、“先生”としての立場を使って、タカオと距離を置いてしまいます。

それでも、彼女の心の奥では、すでに気づいていたのです。
雨の日の新宿御苑で交わした言葉、沈黙のなかで感じたぬくもり。
それらが、誰にも言えなかった孤独を癒し、自分を支えてくれていたということに。

そして、ユキノはこれまでのあの場所での大切な記憶を思い起こし、ようやく素直な自分を取り戻します。
タカオを追いかけ、涙ながらに感謝の想いを伝える――
それは、傷つきながらも一歩を踏み出そうとする彼女の、再生の瞬間でもあります。

物語の終盤で描かれるこのマンションの外階段からは、新宿御苑の象徴的なバラ花壇が見下ろせます。
反対側には、遠く東京タワーの姿も。

これらの情景からこの場所は、慶應義塾大学信濃町キャンパスの西端と新宿区大京町交差点のあいだと推定されますが、実在する建物ではありません。
それでもこの架空の風景は、ふたりの心が交わった“特別な場所”として、印象深く私たちの記憶に残ります。

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